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アマゾンの存在とは

 
 『不協和音 管理社会における音楽』(音楽之友社、1971)
 『不協和音 管理社会における音楽』(音楽之友社、1982、ISBN番号あり)
 『不協和音 管理社会における音楽』(平凡社、1998、ISBN番号あり)

 古書という、いささか「通人」めいた世界でも、データの標準化の努力が行わ
れていることを「古書project」を例に眺めたわけですが、では、新刊・古本を
問わず、音楽で言えばCDや楽器や、果ては衣料品から装飾品からアウトドア用
品まで、何でも扱うネット販売の雄である「アマゾン」には、いったいどんなポ
リシーや企業努力があるのか。

 実は、商品というものを、内外を問わず入手・流通のシステム化において統一
してしまうアマゾンの手法は、2つの点で注目していました。

 ひとつは輸入出版物の扱い。言語のハードルと違い、五線に描かれた「楽譜」
は、国内版でも海外版でも利用に差異はなく、リーマン・ショック以降の円高は
輸入品の入手も懐に負担が少なくて済みます。
 1980年代半ばから、欧米の楽譜を結構な数取り寄せましたが、海外でも徐々に
カタログ番号や受発注番号に ISBN が使われ始めるのを感じていたので、手元に
ある楽譜の「978-0-xxxx~」(国別コード「0」は英語圏でイギリスやアメリカの
出版物)をアマゾンの検索窓に入れ、ジャンルを「洋書」にしてヒットしたりす
ると、それだけで期待が高まったものでした。
 特に日本では、日販・東販といった一般書籍の流通・取次と違い、松沢書店・
大阪村上楽器などの「楽譜・音楽書専門」の取次店があり、学校向け教材(副読
本やワークブックなど)出版社のルートなども絡んで、その流通は複雑でした。
最近は、ジュンク堂などの大型書店が楽譜のコーナーを充実させるなど、閉鎖的
な錯綜感は改善されつつありますが、これも ISBN の普及によるものでしょうか。
 いずれにせよ ISBN の ISBN たるゆえん「international」な出版物を扱う方
針は、外国版入手という点で期待を持たせるものです。

 もうひとつは、マーケット・プレイスの存在。全国あちこちに散在している古
書店からの出品物がアマゾン一箇所に集約され、支払いも集約されるのは大変便
利な仕組みで、あちこち個別に払い込んだりという手間が省けるのは、それだけ
でも使い勝手が良いものです。
 古書に限れば、「スーパー源氏」や「日本の古本屋」というサイトでもさまざ
まな書籍を探(捜)すことはできますが、新刊も古書もCDもその他のものも、ひ
とまとめに買い物ができる便利さや、クレジット・カード決済にできる便利さは、
やはりアマゾンに軍配が上がるでしょう。
 最近は、ブックオフがネット販売に進出しやり、楽天ブックスが楽天市場と相
互にデータを遣り取りできたり、ライブドア・ブックスでは「新品検索」と「中
古検索」をクリックで選べるようになっていたりしています。一昔前に比べると
随分「中古」市場の裾野が広がったようですが、その先鞭はアマゾンであり、実
際にいろいろサイトを見ていても、アマゾンに一日の長があるようです。

 ただ、弊害と言うにはあたらないと思いますが、いわゆる「アマゾンの一人勝
ち状態」という声は、比較的よく耳にするように思います。
 アフィリエイト・フィーを払える資力は先手を打った者の強みでしょうか。フ
リー・ソフトの「私本管理Plus」では、インターネット上のデータ取得はすべて
アマゾンから提供されるものを使っていますし、「本の検索(BooksSearch)」(や
はりフリー・ソフト)も、検索候補リストを作成すると、下部に、
 「本リストはAmazonから取得していますので、Amazonで取扱のない商品は表示
されません。」
と素気ない表示を出します。
 (アマゾンじゃないところも含めて捜して来いよな。)
と注文を付けたくなるのですが、実際大手書店(例えば三省堂とか丸善とかジュ
ンク堂とか)の検索や在庫情況などと比べても、あるいは上述の中古も含めた検
索が可能になっている販売サイトと比べても、アマゾンに分があるとは実感する
ところです。

 では、贔屓目には陥らず、掛け値なしのアマゾンの「使える」部分は? とい
えば、「ASIN」コードまで作成して商品を開拓している点でしょうか。アマゾン
のヘルプには、「ISBN/ASINについて」という項目があり、

> 「Amazon Standard Identification Number」の略で、Amazonグループが取り
> 扱う、書籍以外(!)の商品を識別する10桁の番号です。CD、DVD、ビデオ、ソ
> フトウェア、ゲームなど、書籍以外の商品の詳細ページに記載されています。

と解説されています。試しに、「古書project」で登録ミスと思われた『不協和
音』をアマゾンで検索してみると(ジャンル「本」)、実に3種の商品がヒットし
ました。上から順に、

・1971年音楽之友社版、ASIN B000J93G94 (アマゾン独自の商品として扱う)
・1982年音楽之友社版、ISBN が付されたので、書籍として扱う
・1998年平凡社版、出版社も変わったので、別商品(ただし書籍)として扱う

という認識のようです(ヘルプの説明と違って、「本」のジャンルで1971年版が
ヒットしたことに、蔵書を愛でる者としては心をなでおろす思いです)。
 つまり、販売・流通の立場では、商品管理に有効な ISBN があれば書籍として
扱い、手がかりのない「1971年版」は、ASIN 扱い。1982年版は現物にあたった
わけではありませんが、同じ出版社であれば、装幀・判型・ページ数も同じよう
な「重版扱い」だったのではないかと想像されます。しかし管理・受発注・出荷
などの観点から、外見は同じでも管理上は別商品(出版物)。
 ところが、出版社も移管され新装復刊といった扱いの1998年平凡社版は、1982
年版と同じ「書籍」扱いなので、アマゾンでは「商品の説明」に「このテキスト
は、文庫(平凡社)版に関連付けられています。」として、1982年版との共通性を
謳っています。

 かくして、著者・訳者が同じ40年を越えるロング・セラーは、読者個人として
は中身の同じものでありながら、「別商品」として扱われているというわけです。
 単行本が文庫本に落ちる場合は、巻末に「解説」が付いたりして、その解説を
誰が担当しているか、などの興味もありますが、一般読書人は、
 「単行本で持ってるから文庫は買わなくていいや。」
とか、逆に、
 「どうせ2年もしない内に文庫になるだろうから読むのはその時でいいや。」
などと納得するものです。が、書籍という「商品」にとってみれば、ISBN の導
入というのは、住民の戸籍管理が旧戸籍から改製原戸籍に移された(昭和30年代
前半)にも等しいほどの「大改定」に匹敵する意味があったのだと思われます。

 この点で、ISBN 導入より前の出版物を、スパッと切り捨て、たまたま書籍の
形態をした「物」と割り切って ASIN コードを割り当てたアマゾンと、現在も残
る「取引コード」を手がかりに「コード化処理」を試みた「古書project」は異
なる方向性を歩んでおり、「書誌を丹念に拾う」という立場では「古書project」
の方に好感を覚えます。
 いずれにせよ、ISBN 導入以前の1970年代の出版物について、「古書project」
とアマゾンという、複数の検索手段が与えられていることに安心・安堵の念を感
じます。巨人アマゾンの一人勝ちにはしない可能性は、是非ともその火を消さず
に存えてほしいものです。
 『不協和音』でいえば、もしアマゾンでは見つからなくても、古書project で
は見つかる、という可能性が裏付けられました(出品業者が両方に登録している
ことも有り得ますが、ここでは検索のルートが複数あることが重要ということ)。

 では、「古書project」も独自のコード処理をせざるを得ない1960年代、つま
り旧書籍コードよりさらに前の文献資料はどんなことになっているのか。
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