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『音楽史を変えた五つの発明』(白水社)

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  印象的な箇所が2つありました。しかしそれは、私が音楽教育畑の出
身だから象徴的に受け取っただけの話で、本書の主題とはズレていると
考えられます。
  それゆえ、ミステリーの犯人をバラしてしまうようなことにはならな
いので、その部分を引用します。

> 私は、その子の看護人が涙を流しているのに気づいた。(中略)演奏が
> 終わったあとで、私は彼女を探し出し、泣いているところを目にして
> しまったのだが、何か都合の悪いことでもあったのかと尋ねた。
>   看護人の女性は、こう答えた。「あなたにはおわかりにならないで
> しょう。私は、この子が四年前に学校に入ってからずっと付き添って
> います。先ほど音楽に合わせて太鼓をたたいていましたが、他の人間
> のやることにこの子が反応を示したのは初めてでした。初めて他人と
> コミュニケーションをしたのです。その事実に圧倒されてしまいまし
> た。それだけのことです。」
>   子供は、自分と他の人を隔てている深い溝を乗り越えて手を伸ばし
> た。それはその子にとって、一般の人が冬に北極圏横断を図るのと同
> じくらい、おそろしく大変なことだったに違いない。彼が頼りにした
> のは、(中略)音楽がつくりだすリズムだった。これこそが音楽の持つ
> 魔法の力だ。

  一般には、我が子が五体満足で生まれてくるかあれほど心配・不安に
かられたのに、「喉元過ぎれば」で早期教育やお受験に邁進するのが健
常児の親心でしょう。
  しかし、教育の現場に身を置いていると、ある一定の割合で、引用し
たような場面に居合わせたり、事例報告を手にしたりします。
  言葉以前の音、音色、音塊、音響、リズムといった理性が働く前に在
る音現象。
  看護人の忍耐強い介護、つまり指導とか教育的関わりも重要で、実際
には「音楽の持つ魔法の力」と「根気強い介助者の存在」が相俟っての
結果であることは間違いありませんが、それでも私たちは、人の関わり
は職務・責務であり、音楽の神秘的な力の方を重要視したがります。

  もう一箇所は、上記引用の6・7ページ前。やはり教育の現場で著者が
遭遇したできごと。

> 十二歳の少女がひとり背中を押され、恥ずかしそうな様子で前に進み
> 出た。無伴奏で、自分の選んだ曲を歌うという。歌の評価にかかわり
> なく参加することによって彼女の所属する寮はコンクールで数ポイン
> トを獲得できるらしい。あまり期待できそうな気配は感じられなかっ
> た。(中略)
>   少女は感じがよかったが、少し不安な様子を見せていた。そして子
> 供時代に母親から教わったイングランド民謡「悲しみの水辺」を歌う
> と告げた。大好きな歌であるだけに、題名を聞いた私は気が重くなっ
> た。ところが、その時少女が聞かせた歌は奇跡としかいいようがない
> ないものだった。彼女はキリ・テ・カナワでもなければ、(中略)歌の
> 訓練を受けておらず、息継ぎのタイミングはまったくでたらめで、姿
> 勢もきちんとしていたわけではない。しかし子供らしい自然な歌い方
> で、真心が感じられた。(中略)
>   (実際の会場では)いろいろな音が聞こえていたはずだ。にもかかわ
> らず、ひとりの少女の声によって、他のすべての音は空間のどこかで
> 一時的に流れを止め、消えてしまわないまでも、その存在意義を失っ
> てしまったかのようだった。(中略)
>   少女の歌は終わり、特別な時間は過ぎ去った。音楽の教師は言葉を
> 失っていた。

  これも、技術的な段階を経た上での表現力なのか、音楽そのものが持
つ魅力なのか、といった視点に立った事例と言えるでしょう。

  著者はイギリスの作曲家ですが、私はこの引用をしたからと言って、
別に作家論的観点から紹介しようと思ったのではありません。
  が、本書の主要な話題である、音楽(技術)史上のメルクマール的な発
見として取り上げられた「記譜法」「オペラの創出」「平均率の発明」
「ピアノの開発」「録音機の発明」という5つの話題が、ともすれば音
楽にあまり造詣の深くない一般読者からすれば、単なる解説と歴史的意
義を論じたものに過ぎなく映らないか、という懸念を、こうした引用箇
所が取り除く役を担っていると思うのです。

  5つの話題は、冒頭、中間の挿話、結びの間に章立てされ、引用のよ
うな著者が音楽現場で遭遇した経験、自身の作曲経験などで繋げられて
います。技術史的な音楽史解説とか教習書として捉えてしまうと、やや
味気ない読後感になってしまいますが、これらの挿話が、著者の作曲家
としてのスタンスを通して、古今の人々がどう音楽を表し、共有し、広
め、熱狂し、刺激を受け、心惹かれてやまないのかを静かに語っている
ように思います。

  各話題は、それなりにマニアックな内容ですから、ちょっと読み下せ
ば、そこそこに知見を深めることができます。
  でも、それに加えて、著者が挿しはさんでいる個人的挿話を加味して
味わうと、再読や視点を変えた読み方など、二度三度と美味しい読み分
け方ができる著作かな、と思います。

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