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データ管理前夜

 
 このブログは、「http://cc.boox.jp/user/show/21925 との連携ブログ」と位
置づけていますが、初っ端の「開設口上」より以前の、そもそも
 「なして誰も読まんような、マニアックなブログを始めたん?」
の部分を記しておきたいと思います。

文献情報管理試行(カード時代まで)

 1960年代後半、ルーズ・リーフのノートがどの文房具屋でも買えるようになり、
「紙をファイルする」という発想を教えられました。B5の22穴バインダーは、
小・中学生の身には何冊も購入できるものではなく、また、ゲージ・パンチさえ
文具店に見当たらない頃は、家庭内ファイリングとしては2穴パンチが実用的に
思えました。

 中学から高校へと進む頃、梅棹忠夫の『知的生産の技術』が出版され、ノート
に代わる「カード」の存在を知ります。
 結局、B6の京大型カードは使いこなすには至りませんでしたが、文献カード
レベルのデータ管理は自分なりにあれこれ試行しました。
・タイプライターを使うと、図書館にある5×3(inch)カードは、挟み込んだ下
 部が、長さ不足ですぐ外れる。B7でいいのではないか。
・雑誌記事の整理に使うと、誌名・掲載箇所(ページ)・連載者の場合第何回か・
 年・月号・等々のアイテムが必要になり、記述すべき項目数が増える。
・カードの分類はどうするか。雑誌の場合別途目次部分をコピーしてファイリン
 グした1冊を作った方がいいのではないか。
などなど、あれこれ考えながら、せっせとカード化した時期があります。

 結局、それらは何かの成果に結実することにはつながらなかったのですが、ど
んな入力データが必要で、検索に有意な項目とは何か、といった「意識」が高ま
ったことが最大の収穫だったのかもしれません。

 その後、アメリカを訪れたときLC(Library of Congress)に行ったことがあ
りますが、1981年頃でもまだ紙の文献カードは現役でしたし(一部マイクロ・フ
ィルムに移行していたりしましたが)、
 「Title index と Author index は作りやすいけど、Subject index は時間が
かかる(気を遣う)」
みたいな話がなされていました。
 NECのPC9800初代機の発売が1982年ですから、まあそんなものでしょう。

表計算ソフト試行(パソコン導入期)

 まだPC9800が圧倒的な地位を得る前、それでもパソコンは、ホビー(趣味)から
ビジネス利用を視野に入れつつ成長をしていたと、30年前を振り返ってもその熱
気を帯びた「意気込み」のようなものを思い出します。
 「ロータス123」が定番となる前、最初に触れたのが「マルチプラン」でし
たが、セルの幅は半角で64文字程度、扱えるデータ(行)は256程度、項目数(列)
も、かつて紙のカードで雑誌記事のデータを扱おうと考えた時の数にはとても足
りないものでした。
 どんな漢字が使えるか、ソート(並べ替え)はどんな具合に? などなど、それ
でも便利な部分もあって、あれこれいじくりました。
 当時は、123が98,000円、管理工学研究所の「桐」も同じ価格だったと記憶
します。パソコンの性能が上がるにつれ、徐々に扱えるデータ量も増えて、256
列8,000行などというレベルになると、ちったあ「マシな」使える道具になって
いました。

文字コードの悩みなど(現在)

 幸か不幸か、ワープロ専用機というものを使ったことがなく終わったのは、実
にこうした手元の書誌データをパーソナル管理したい、という出発点があったか
らだと思います。
 ただ、項目数・データ量はそれなりに不足ないレベルになったものの、欲は果
てがないというか、不自由を感じていたのが文字コードやフォントの存在でした。
 まだ好景気で「独身貴族」などという言葉が生きていた1980年代半ばから、欧
米の楽譜をずいぶん取り寄せたのですが、そのデータをパソコンに入力して蓄積
してみたら、1990年代半ばでその数すでに3,000件以上。
 気になっていたのが、ウムラウト(ドイツ系)やアクサン(フランス系)などの表
記のこと。併せて日本語の本字・正字や異体字のこと。ユニコードへの期待や、
それを扱えるツール類(エディタなど)、またそれを表示できる UTF-8 対応ブラ
ウザの整備など、Windows Vista 発売の2007年1月以後も JIS2004 が素早くは
広まらなかったことを考えると、ここ2・3年、つまり2010前後の正に今現在が、
やっと「使える文献データ」を整えていく環境になってきたという感じでしょう
か。

 つまり、若い頃から一貫して、情報の把握や整理・管理には尽きぬ興味があり、
さりとて図書館情報学のような一般専門でなく、一方ではメインの分野はあくま
で音楽であり、ということなのです。
 ブログという手段は、フリーリーで修正・挿入・項目追加・等々の自由度が高
く、出版などと違いリーズナブルで、読者の方との双方向性も確保され、なかな
か楽しそうです。
 ただ、チェック機能が自己責任になってしまうので、軽率な記載・著作権への
配慮などが自戒事項としてつきまといます。
 でも、「一歩を踏み出さなければ始まらない」わけで、読んでくださる方のご
指摘やご意見にも誠意をもって向き合いながら、

 これまで試行錯誤で身に付いた「あれこれ」を振り返る

意味もあって臨もうと考えたわけです。パソコンとの付き合い方なども含めた、
折々に出会った知識なども、覚書程度にメモれば、きっとそれを役に立つと思う
方も一人や二人はいらっしゃるかも知れません。
 古文書と JIS に含まれない漢字をパソコンで扱うノウハウを解説したHPや、
ヨーロッパ文学で欧文書体を扱う必要から、ユニコード対応エディタの比較評価
をしているHPなどはあるのですが、音楽を中心にした諸々のノウハウに触れた
サイトというのはあまり見受けられないように感じていた折、何となくこちらか
ら発信をすれば、それに反応するサイトとのつながりもできるか知らん? とい
う希(ねが)いもあります。

 タイトルは、「音楽」では間口が広すぎ、「音楽文献」では論文などのわりと
「堅い」イメージが拭えず、「音楽資料」では漠然としている感じなので、最近
は CD-ROM などのメディアによる「出版」も定着していますから、やや長いので
すが「音楽文献資料」としました。語が3つつながると検索の際のヒットも一致
する語の確率が狭められ、そこそこ上位にランクされるようです。

 さて、いったいどんなブログになることやら……。
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「永遠の音楽家」(白水社) メモ

 
 私が持っているのは、第Ⅰ期第8回配本の『バルトーク』と第Ⅱ期第1回配本
の『シェーンベルク』のみですが、全16巻を揃えようなどとは当時思ってもいま
せんでした。興味のある作曲家だけ手に入れればいい、と考え、それでも『スト
ラヴィンスキー』は店頭在庫がなかったのか、まだ貧乏学生で断念したのか、そ
の辺りの記憶は定かではありませんが……。
 奥付に記入することにしている「読了日」から、『バルトーク』は15歳の時に、
『シェーンベルク』は19歳の時に読んでいることが判ります。ところどころに書
き込みなどもあり、「理解しようとじっくり」読んだ跡が窺えます。
 日本万国博で武満徹や高橋悠治の、当時は「前衛」と言われた作品の洗礼を受
けるより少し前から、『音楽芸術』誌(音楽之友社、1998年休刊)の付録楽譜で日
本人作品の楽譜などを眺めていたせいか、「今現在生きている人の作品」「古典
派やロマン派ではない、20世紀になってからの音楽」に食指が動き、無調や12音
技法などに興味を持っていたことを懐かしく思い出します。

 「永遠の音楽家」シリーズは、フランスの出版社「Editions du Seuil」の、
「ソルフェージュ叢書」を翻訳したものらしく、全16巻に総てあたったわけでは
ありませんが、訳者のあとがきからそれと覗えます。
 Editions du Seuil は現在も存在し、洗練されたホーム・ページを公開してい
ますが、文学、歴史、科学など扱うジャンルは広く、日本でいえば、講談社や新
潮社といった大手出版社が、「音楽書も手掛けた」というような存在ではなかっ
たかと思います。

 http://www.seuil.com/

 『バルトーク』の著者シトロン(Citron)を検索窓に入力すると、フル・ネーム
の「Pierre Citron」を返しては来るものの、著作物は表示されず、原出版社で
も絶版か、フランス語の壁で私の探し方が悪いのか……。
 白水社版「永遠の音楽家」シリーズは、1970年を挟んで前後数年かけて刊行さ
れたようですが、『バルトーク』の原著は1963年が白水社版1969年刊、『シェー
ンベルク』は原書1969年が白水社版1970年刊ということで、本国フランスで既刊
のものを追いかけ、徐々にフランスで刊行後すぐに翻訳に取りかかる態勢で臨み、
完結に至ったのでしょう。

   第Ⅰ期(8冊、各950円)       第Ⅱ期(8冊、各1,000円)
   1.モーツァルト          9.シェーンベルク
   2.ベートーヴェン         10.ヴィヴァルディ
   3.バッハ             11.マーラー
   4.ショパン            12.ブラームス
   5.ストラヴィンスキー       13.ラヴェル
   6.ワーグナー           14.ヴェルディ
   7.ドビュッシー          15.クープラン
   8.バルトーク           16.ハイドン

 訳者の仕事の速さや、本国の原著の刊行事情などにも左右され、順番通りの配
本ではなかった部分もあるかも知れませんが、ほぼ巻数順に出版されたようです。

 ブークスの「本をさがす」では、「永遠の音楽家」で検索すると、全16冊すべ
てがヒットします。どれも ISBN-13 が付せられていますし、値段はみな1,890円
と表示されます。消費税がなかった頃のものも、「現在買おうとすれば」の額で、
本体価格に現行消費税を加えて表示するのがネット・ショップの仕組みですから、
1,800円に価格改定されたのがいつかは判りません。その中で、『シェーンベル
ク』だけが2,520円となっており、シリーズ最後の重版か、と推測させます。

 書誌情報的に見た場合、第Ⅰ期が書籍コードのシステム以前の刊行で、第Ⅱ期
が函書き・奥付ともに書籍コードの記載があり、ちょうど書籍の流通・販売がシ
ステム化された移行期の出版物であること。
 バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンといった基本中の基本をおさえ、新し
い時代の方もバルトーク、シェーンベルク、ストラヴィンスキー辺りに収まって
いて、「おだやか」な範疇にとどまっている。これは、一般市民図書館や学校の
図書館などにも受け入れられやすいであろうということ。
 各巻独立していながら、出版企画は16巻セットのようなニュアンスを持ってい
るので、最終的には櫛の歯が抜けるように品切・絶版になっていくとしても、単
巻本よりは「全巻揃って在庫」を維持する意識が働いたであろうこと。(『シェ
ーンベルク』だけが2,520円になっても版を重ねたのが、そんな事情を想起させ
ますが深読みでしょうか。)
 等々の要素を含んでいるように思われます。
 もし、このシリーズ刊行がそこそこに生き存えて、1980年代に入るまで出版社
の在庫管理台帳に載っていたのであれば、
・セット物とはいえ、どの巻が版を多く重ねていたか。
・無コード時代、旧書籍コード時代、ISBN コード時代と、書籍の販売・流通に
 おける変化をどう生き残ったのか。
・原著との照合が可能なら、「ソルフェージュ叢書」を全巻翻訳したものか、邦
 訳に際して「売れそうな」ものを取捨選択して日本版にしたものか。
・本国フランスでも、ISBN の管理対象になっていたのか。
等々の、いろいろ興味深い「履歴」がトレースできそうです。

 アマゾンでは、例によって「B000J~」による ASIN による管理。「永遠の音
楽家」で検索すると、ヒットしたのは8種のみ。その内、最初刊であろうと思わ
れる『モーツァルト』は、出品者が提供したデータにより、
 「1989年4月10刷」
の記述が見られます。他には、『バルトーク』(1977年3刷、1973年というのも
ありますからこれが多分2刷でしょう)、『シェーンベルク』(1980年9月3刷)、
『マーラー』(1977年3刷定価1,800円)など。
 『ヴェルディ』『ハイドン』辺りは記述のあるものは「初版」しかないので、
あまり反応が良く(版を重ね)なかったのか、逆にアマゾンに出品されない作曲家
の巻は、人気というか「レアもの」なのか。
 いろいろ想像をたくましくさせられます。

 試しに、単に、グーグルの検索窓に「Pierre Citron Bartok」と入れると、該
当書がヒットして、「SEUIL」が読み取れる表紙画像が現れます。取扱はまたし
てもアマゾンですが、「amazon.fr」とあり、翻訳された画面から 9.45 EUR の
「ペーパーバック」版が「在庫あり。」と日本語表示されました。便利な世の中
になったものです。「Collection : Solfeges」とあり、「永遠の音楽家」の原
著がペーパーバックでまだ刊行中、在庫があることが判ります。
 画面をやや下がって、日本語で言えば「この商品を買った人はこんな商品も買
っています」のコーナーが「amazon.fr」でも表示され、表紙画像(装幀の雰囲気)
から、同じシリーズらしい本が並んでいます。それぞれをクリックすると、やは
り「Collection : Solfeges」とあり、日本では翻訳されなかった『シューマン』
(1995)、『ラフマニノフ』(1990)、『シューベルト』(1988)、『フォーレ』(1995)
『サティ』(1995)、『プロコフィエフ』(1995)などが見つかります。
 もちろん、年代から「永遠の音楽家」シリーズの1970年前後には翻訳のしよう
がないとも言えるのですが、よくよく見ると、
 『モーツァルト』(Ed. rev. et augm (1 janvier 1994))
 『ショパン』(Nouv. ed. rev. et augm (1 janvier 1986)
など、「rev.」の表記に、ペーパーバックになる以前の一群の作曲家評伝「ソル
フェージュ叢書」があり、現在は軽装版になって版を重ねている、ということで
しょうか。

 すなわち、白水社版の出版企画は、
・日本万国博に象徴される好景気の時代に、
・文庫クセジュを擁するフランス語圏書籍にやや明るいスタンスもあり、
・「Seuil」社の作曲家評伝シリーズがあるからひとつ翻訳を企画しよう。
・取りあえず第Ⅰ期は無難な「バッハ」「モーツァルト」「ベートーヴェン」か
 ら始めて、ちょっとは冒険で「ストラヴィンスキー」や「バルトーク」も。売
 れれば第Ⅱ期、第Ⅲ期……、と続ける。
・ベートーヴェン生誕200年の1970年を前に、1969年の第Ⅰ期はそこそこ成功。
・イムジチの来日でバロック・ブームが到来しているから、「ヴィヴァルディ」
 「クープラン」辺りも出そうか。
・さて、第Ⅲ期を企画できるか? 翻訳の先生方も偉くなっちゃって結構お忙し
 そうだしなあ。
・第Ⅱ期の『ヴェルディ』『ハイドン』辺りは、出しても反応があまりパッとし
 なかったし、どうしようか。
・んー、在庫管理・重版運営もあるしね、上製本・函入りというのも経費率が圧
 迫されるし、さりとてシリーズ物だから制作・製本を変えるわけにもいかない
 しねえ……。

とまあ、途中からは根拠のない勝手な憶測ですが、こんな経緯をたどり、ある時
点で、「以後は在庫が尽き次第品切絶版」の方針が下され、現在は「古書」のみ
の流通、ということになったのでしょうか。

 翻訳ものなので、原著フランス出版社「Seuil」との著作権契約などもあるで
しょうが、本国では今もペーパーバックで気軽に入手できることに、出版文化に
対する「息の長い」姿勢を羨ましく思います。

ご批正深謝(旧書籍コード)

 
 古書project の姉妹サイトというか、前身というか、「the古書」というサイ
トがありますが、

 http://kosyo.net/

ここの BBS に、本ブログで「古書project」のことを書いたとお知らせしました
ら、数時間もしない内にコメントが寄せられ、緑風舎様在庫の『不協和音』は、
1976(昭和51).11.20の第2刷で、1073-132551-0777 に間違いないとのこと。

 まずは、十分な下調べもせず「ミス」との指摘を軽率にも記しましたこと、お
詫び申し上げます。また、早速に現物に当たって情報の正確性を確保、ご教示い
ただき感謝申し上げます。
 編集者の校閲などがないネット記事ゆえ、今後も似たようなご無礼があるやも
しれず、ご指摘は謙虚に受け留めてまいりたいと思います。

 さて、

> 貴兄の記されている 1073-132550-0777 は別版かも知れません。

とのコメントに、すぐ思い浮かんだのは、
 「版刷管理に使われたのか?」
ということでした。
 ISBN でさえ、出版社の都合で装幀が変わったら番号が変わった、ということ
があります。あるいは、ISBN や書名から特定した書籍の奥付を見ると、時代の
変化に合わせ、例えば紙メディアを対象とした大元の原著から、音源・映像を対
象に含めて改訂、改訂新版、改題、増訂、など、驚くほど息の長い変遷を重ねて
いる本に出会うこともあります(法令の改正に伴って増補を繰り返すような書籍)。

 私の手持ちの『不協和音』(1073-132550-0777)は、1971(昭和46). 7.25の第1
刷ですから(函・奥付共)、緑風舎様在庫の第2刷とは5年の隔たりがあり、旧書
籍コード運用開始間もない頃の初版とは、出版社内のナンバリング管理事情が変
わった結果と考える可能性もアリか? との解釈も否定しきれません。

 いずれにせよ、2つの版の異なる書籍コードで同じ本(タイトル、著者、訳者、
内容)が存在する、ことは歴然とした「事実」として確かめられました。
 「書誌との付き合い方」の今後において、「そういうこともある」事例が加わ
り、「わきまえておくべき事柄」が豊かになりました。

 重ねてお礼申し上げます。

1960年代以前の書誌を捜す

 
 旧書籍コード以前、つまり1970年より前に出版された本は、どのようにして探
(捜)すか?

 実はここに、アマゾンが一人勝ちするポイントを見出すことができます。
 「古書project」では、Bsearch の Help に、「○コード化以前の書籍の場合」
とあり、

> 出版者コードとNDL-OPAC全国書誌番号、を用いて検索できます。
> NDL-OPAC全国書誌番号が無い場合には、国立情報学研究所のNIIコードを割り
> 当てています。
> 上記いずれにもない場合やシリーズもの等特別な場合には、古書Project独自
> コードを付加しています。

というスタンスを採っていて、あくまで「標準化」路線を守っています。一方、
アマゾンでは、1971年音楽之友社版『不協和音 管理社会における音楽』に付い
ていた「ASIN B000J93G94」と同様の、アルファベットと数字を組み合わせた10
桁の商品管理番号を、手元にあろうがなかろうがどんどん付けていきます。

 試しに、手元にあった6冊ほどの書籍を検索してみましょう。

・音楽と思想    ,シクラ     ,三一書房 ,1956, ASIN-B000JB0QFO
・アメリカの音楽教育,浜野政雄    ,音楽之友社,1957, ASIN-B000JAYPJI
・音楽社会学入門  ,ジルバーマン  ,音楽之友社,1958, ASIN-B000JAUEKM
・音楽にみる女性史 ,ドリンカー   ,音楽之友社,1967, ASIN-B000JA6CTO
・音楽と音楽家   ,アインシュタイン,音楽之友社,1968, ASIN-B000JA5NJO
・七つの肖像    ,北沢方邦    ,合同出版 ,1968, ASIN-B000JA5AWO

 「古書project」の書誌検索で、タイトルおよび著者の両方で探してみました
が、いずれの書籍もヒットしませんでした。これは無理からぬ面もあり、参加店
が現在扱っている、あるいはかつて扱った書籍が登録されてデータ・ベースに載
らない限りヒットはしません。
 一方、アマゾンの検索窓でジャンルを「本」に指定して、それぞれの書名・著
者で調べたところ、ことごとくヒットしました。歴然たる差異です。「大したも
のだ」と感じないではいられません。
 また、「私本管理Plus」(フリー・ソフト)はアマゾンからデータ取得していま
すから、検索に使う ISBN と同列でこの「B000J~」が扱われてデータが整理・
管理できます。知らず知らずの内にアマゾンでしか通用しないコード番号で蔵書
管理をしている姿が、背筋の寒くなる思いですが、その点をわきまえているので
あれば、蔵書管理の一元化が実現し、意味のないことではありません。

 当然ですが、アマゾン独自のコードですから、アマゾンでしか探せません。が、
商品は特定されているので、マーケット・プレイスに出品された中から、
 「読めればいいから安く手に入れる。」
 「お気に入りの作家だから、なるべく美本を手に入れたい。」
などの自分なりの基準で購入すればよいわけです。アマゾン自身が在庫を持って
いなくても、在庫を持つ古書店を束ね、取引の仲介をしてやることで、出品者・
購入者の利便を図るわけです。

 この「ASIN」コードがどういうルールで付いているのかは知りませんが、事実
上「アマゾンを探せば大抵見つかるだろう」という気にさせられます。
 便利だ便利だと使っていたら、いつの間にか Windows の OS なしには作業が
できなくなっていた、という構図と似ている気がします。
 おそらく、「何でも商品化してしまう」アマゾンの「コード化処理」には、そ
うとう多額な経費をつぎ込んでいるのではないでしょうか。
 とても個人や、たとえ古書店を営んでいても、店番・商品入荷・受注・発送な
どの日常業務の片手間にコード化していたのでは太刀打ちできません。

 ただ、「古書project」の登録件数は既に250万点。その内、検索可能な公開デ
ータが現在120万点程だそうで、参加古書店が増えれば増えるほど、そのデータ
・ベースは急カーブを描いて充実していくでしょう。
 何より、NDL や NII という公開されたデータを流用して販売・流通のコード
が考えられるのであれば、一企業の独占に荷担する ASIN よりは意義のあること
だと思います。
 利用者は、おそらく手間要らずのアマゾンの便利さに抗いがたい魅力を感じな
がらも、また目先の入手はアマゾンを利用しながらも、「先人の智」を広く共有
する意識も保ちつつ、手持ちの文献資料と向き合うことになっていくのでしょう。
 Linux は、別に Windows に対抗しようと思って立ち上げたわけではないでし
ょうが、愛好の徒に支えられ、今では一部の市役所など行政で導入する端末 OS
にまで成長しました。「古書project」は云わば「オープン・ソース発想の古本
版」とでもいうべき存在だと思いますが、焦らず、地道に、いつかは市民権を得
ると信じて「プロジェクト」を進めて頂きたいものです。

 その意味では、旧書籍コード時代の本の「コード化処理」については解説があ
りますが、NDL や NII コードを取り入れた処理法についても指南の解説がほし
いところです。

アマゾンの存在とは

 
 『不協和音 管理社会における音楽』(音楽之友社、1971)
 『不協和音 管理社会における音楽』(音楽之友社、1982、ISBN番号あり)
 『不協和音 管理社会における音楽』(平凡社、1998、ISBN番号あり)

 古書という、いささか「通人」めいた世界でも、データの標準化の努力が行わ
れていることを「古書project」を例に眺めたわけですが、では、新刊・古本を
問わず、音楽で言えばCDや楽器や、果ては衣料品から装飾品からアウトドア用
品まで、何でも扱うネット販売の雄である「アマゾン」には、いったいどんなポ
リシーや企業努力があるのか。

 実は、商品というものを、内外を問わず入手・流通のシステム化において統一
してしまうアマゾンの手法は、2つの点で注目していました。

 ひとつは輸入出版物の扱い。言語のハードルと違い、五線に描かれた「楽譜」
は、国内版でも海外版でも利用に差異はなく、リーマン・ショック以降の円高は
輸入品の入手も懐に負担が少なくて済みます。
 1980年代半ばから、欧米の楽譜を結構な数取り寄せましたが、海外でも徐々に
カタログ番号や受発注番号に ISBN が使われ始めるのを感じていたので、手元に
ある楽譜の「978-0-xxxx~」(国別コード「0」は英語圏でイギリスやアメリカの
出版物)をアマゾンの検索窓に入れ、ジャンルを「洋書」にしてヒットしたりす
ると、それだけで期待が高まったものでした。
 特に日本では、日販・東販といった一般書籍の流通・取次と違い、松沢書店・
大阪村上楽器などの「楽譜・音楽書専門」の取次店があり、学校向け教材(副読
本やワークブックなど)出版社のルートなども絡んで、その流通は複雑でした。
最近は、ジュンク堂などの大型書店が楽譜のコーナーを充実させるなど、閉鎖的
な錯綜感は改善されつつありますが、これも ISBN の普及によるものでしょうか。
 いずれにせよ ISBN の ISBN たるゆえん「international」な出版物を扱う方
針は、外国版入手という点で期待を持たせるものです。

 もうひとつは、マーケット・プレイスの存在。全国あちこちに散在している古
書店からの出品物がアマゾン一箇所に集約され、支払いも集約されるのは大変便
利な仕組みで、あちこち個別に払い込んだりという手間が省けるのは、それだけ
でも使い勝手が良いものです。
 古書に限れば、「スーパー源氏」や「日本の古本屋」というサイトでもさまざ
まな書籍を探(捜)すことはできますが、新刊も古書もCDもその他のものも、ひ
とまとめに買い物ができる便利さや、クレジット・カード決済にできる便利さは、
やはりアマゾンに軍配が上がるでしょう。
 最近は、ブックオフがネット販売に進出しやり、楽天ブックスが楽天市場と相
互にデータを遣り取りできたり、ライブドア・ブックスでは「新品検索」と「中
古検索」をクリックで選べるようになっていたりしています。一昔前に比べると
随分「中古」市場の裾野が広がったようですが、その先鞭はアマゾンであり、実
際にいろいろサイトを見ていても、アマゾンに一日の長があるようです。

 ただ、弊害と言うにはあたらないと思いますが、いわゆる「アマゾンの一人勝
ち状態」という声は、比較的よく耳にするように思います。
 アフィリエイト・フィーを払える資力は先手を打った者の強みでしょうか。フ
リー・ソフトの「私本管理Plus」では、インターネット上のデータ取得はすべて
アマゾンから提供されるものを使っていますし、「本の検索(BooksSearch)」(や
はりフリー・ソフト)も、検索候補リストを作成すると、下部に、
 「本リストはAmazonから取得していますので、Amazonで取扱のない商品は表示
されません。」
と素気ない表示を出します。
 (アマゾンじゃないところも含めて捜して来いよな。)
と注文を付けたくなるのですが、実際大手書店(例えば三省堂とか丸善とかジュ
ンク堂とか)の検索や在庫情況などと比べても、あるいは上述の中古も含めた検
索が可能になっている販売サイトと比べても、アマゾンに分があるとは実感する
ところです。

 では、贔屓目には陥らず、掛け値なしのアマゾンの「使える」部分は? とい
えば、「ASIN」コードまで作成して商品を開拓している点でしょうか。アマゾン
のヘルプには、「ISBN/ASINについて」という項目があり、

> 「Amazon Standard Identification Number」の略で、Amazonグループが取り
> 扱う、書籍以外(!)の商品を識別する10桁の番号です。CD、DVD、ビデオ、ソ
> フトウェア、ゲームなど、書籍以外の商品の詳細ページに記載されています。

と解説されています。試しに、「古書project」で登録ミスと思われた『不協和
音』をアマゾンで検索してみると(ジャンル「本」)、実に3種の商品がヒットし
ました。上から順に、

・1971年音楽之友社版、ASIN B000J93G94 (アマゾン独自の商品として扱う)
・1982年音楽之友社版、ISBN が付されたので、書籍として扱う
・1998年平凡社版、出版社も変わったので、別商品(ただし書籍)として扱う

という認識のようです(ヘルプの説明と違って、「本」のジャンルで1971年版が
ヒットしたことに、蔵書を愛でる者としては心をなでおろす思いです)。
 つまり、販売・流通の立場では、商品管理に有効な ISBN があれば書籍として
扱い、手がかりのない「1971年版」は、ASIN 扱い。1982年版は現物にあたった
わけではありませんが、同じ出版社であれば、装幀・判型・ページ数も同じよう
な「重版扱い」だったのではないかと想像されます。しかし管理・受発注・出荷
などの観点から、外見は同じでも管理上は別商品(出版物)。
 ところが、出版社も移管され新装復刊といった扱いの1998年平凡社版は、1982
年版と同じ「書籍」扱いなので、アマゾンでは「商品の説明」に「このテキスト
は、文庫(平凡社)版に関連付けられています。」として、1982年版との共通性を
謳っています。

 かくして、著者・訳者が同じ40年を越えるロング・セラーは、読者個人として
は中身の同じものでありながら、「別商品」として扱われているというわけです。
 単行本が文庫本に落ちる場合は、巻末に「解説」が付いたりして、その解説を
誰が担当しているか、などの興味もありますが、一般読書人は、
 「単行本で持ってるから文庫は買わなくていいや。」
とか、逆に、
 「どうせ2年もしない内に文庫になるだろうから読むのはその時でいいや。」
などと納得するものです。が、書籍という「商品」にとってみれば、ISBN の導
入というのは、住民の戸籍管理が旧戸籍から改製原戸籍に移された(昭和30年代
前半)にも等しいほどの「大改定」に匹敵する意味があったのだと思われます。

 この点で、ISBN 導入より前の出版物を、スパッと切り捨て、たまたま書籍の
形態をした「物」と割り切って ASIN コードを割り当てたアマゾンと、現在も残
る「取引コード」を手がかりに「コード化処理」を試みた「古書project」は異
なる方向性を歩んでおり、「書誌を丹念に拾う」という立場では「古書project」
の方に好感を覚えます。
 いずれにせよ、ISBN 導入以前の1970年代の出版物について、「古書project」
とアマゾンという、複数の検索手段が与えられていることに安心・安堵の念を感
じます。巨人アマゾンの一人勝ちにはしない可能性は、是非ともその火を消さず
に存えてほしいものです。
 『不協和音』でいえば、もしアマゾンでは見つからなくても、古書project で
は見つかる、という可能性が裏付けられました(出品業者が両方に登録している
ことも有り得ますが、ここでは検索のルートが複数あることが重要ということ)。

 では、「古書project」も独自のコード処理をせざるを得ない1960年代、つま
り旧書籍コードよりさらに前の文献資料はどんなことになっているのか。

古書projectの存在価値

 
 『不協和音 管理社会における音楽』(アドルノ著、三光長治、高辻知義 共訳)

 書物の検索という営みを、この記事を書いている2011年現在で考える時、既に
触れた

・NDL-OPAC 国会図書館
・WebCat 国立情報学研究所

などの書誌「学」的な、あるいは図書館や所蔵施設に「請求」「借りる」際のデ
ータは提供されているわけですが、学者が論文を書いたりするのなら、所蔵施設
を調べ、足を運んで借り出し、という労は仕事上の手段ですから厭わないのはま
だしも、市井の一般人にはそんな時間もありません。「本好きで」「比較的時間
も捻出できて」それでもせいぜい「億劫にならない生活圏に図書館がある」とで
もいった「恵まれた」環境が揃った人が、やっと初めて NDL-OPAC にあたり、あ
るいは WebCat を調べ……、と取り組むのだと思います。

 ところで、NDL-OPAC では書誌を受け入れた際の定価は分かりますが、その後
その本が今でも巷で入手できるロング・セラーなのか、現在の価格はいくらか、
といったことは分かりません。WebCat も WebCat Plus も、値段のデータはあり
ません。図書館などの施設は、受け入れた資料をデータ化し、閲覧者の利便のた
めに提供はしますが、それはあくまで受け入れた時点のものであり、その瞬間か
ら一部の情報は「過去」のものになっていく宿命にあるわけです。

 古書project は、古書店が連携し、流通している古本を対象にデータを蓄積し
ているという点に、興味深い側面を感じます。
 ここで蓄積されたデータは、まず各古書店が付けた値段が表示されます。商用
流通のための情報である以上当たり前と言えば当たり前ですが、稀覯本で高く値
付けされたものも、定価より安価なものも一緒に並びます。
 そして書名または[詳細]をクリックすると、基本データというか、発刊当時の
定価などがわかる「書誌」の個別基本データが提示されます。可能な限り表紙画
像も表示されるようになっています。一番下には「在庫検索」のボタンがあり、
入手できるかどうかが判ります。

 検索条件には、当初「在庫検索」が表示されていますが、一方で「書誌検索」
というモードで使うと、

・過去に登録されて書誌データは存在するが、現在取り扱えない書籍

が出てきます。試しに「4-b0777」(旧書籍コード時期の音楽之友社)で在庫検索
すると12件のヒット、これが書誌検索だと15件ヒットしました(2011. 8.13現在)。

 さて、その中でも冒頭の『不協和音 管理社会における音楽』は、旧書籍コー
ドが「1073-132550-0777」なので、「古書project」の「コード化処理」に従え
ば、「4-b0777-132550-b」となるはず。
 当初「在庫検索」で「4-b0777」を調べるとヒット、単に書名で「不協和音」
とだけ入力してもヒット。在庫検索で表示されるのは「分野」「書名」「著者・
訳者」「出版社」「値付け」の5つだけですが、いわゆる「古書project版ISBN」
とでもいった「4-b0777-132550-b」でピン・ポイント検索ができるか試したら、
何とヒットせず?
 あわてて[詳細]で書誌を表示させると、「4-b0777-132551-b」となっていて、
これは登録時の入力ミスだろうと分かりました。惜しいことですが、やはり最後
は人間の目でチェックする必要のあることが理解できます。

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<初出後訂正挿入>
 8/18、「古書project」管理人様よりコメントがあり、『不協和音』(第2刷)
は「1073-132551-0777」で間違いないとのご指摘。
 お詫び・お礼とともに、私が持っている第1刷との違いから、出版社内で「版
刷管理」に使った可能性なども含めて別記事を認めました。お読み下さい。

----------------------------


 古書project は、ややマニアックな存在ではありますが、旧書籍コードを現在
の ISBN に拡張・一般化したような処理により、検索の幅を広げてくれています。
 ワールドワイドな体系に組み込まれたことで、国内外を問わず出版物の管理に
利用できる ISBN を、1970年代日本独自の旧「書籍コード」にまで拡張して一種
「標準化」を試みた意義は大きいと思います。

 プロジェクトの参加は、基本的に古書店を対象としており、年間の利用料が、
サーバー利用の有無などのさまざまな料金体系で提示されていますが、
 「手元にある1970年代旧書籍コードの本を、販売・流通目的でなく書誌データ
提供という目的」
でデータ登録することは可能なのか、運営の方に訊いてみたいものです。

旧書籍コードとの付き合い方

 
 さて、ブログ・タイトルの下に、「1970年頃から蒐集した蔵書を整理」とあり
ますが、現在主流の ISBNコードは1980年代に入って徐々に導入されていき、い
っとき裏表紙にあの二段のバーコードが無粋に居座るのが品位に欠けると、装幀
家などのデザイナーから不満の声が上がった話題も記憶しますが、売れれば実入
りにもつながるからか、大きな社会問題ににまではならずに定着したようです。
 以来、今日まで約四半世紀。Windows95 以降に普及したネットには、当然なが
ら現行の「日本図書コード」についてはそこそこの解説を見出せますが、1970年
から10年余り活用された「書籍コード」については、すっきりとまとめて解説し
ているサイトはなかなか見つかりません。

 まあ、四半世紀といえば一冊の本にとっては「古書」「古本」の扱いですから、
最新のデータを扱うようなビジネスとか経済の分野では存在価値も薄く、「古典
的名著の初版本」「改訂前の旧版」などといった、30年も前の出版物を捜し求め
る輩に至っては「マニア」とか「酔狂」とか、学者もどきの人間像が見え隠れし
ます。

 がしかし、日本書籍出版協会と日本出版取次協会が制定し、有効範囲は日本国
内だけとはいえ、ひと頃は「業界標準」であったナンバリング・コードを何とか
利用できないか。国立情報学研究所(Web Cat)のような学術利用、図書館利用の
標準ともいえる NDL-OPAC のような存在はもちろん有用な情報ですけれども、商
用目的で既に使用中止となった書籍コードも、何らかの「知のツール」として使
えないものだろうか。
 実際に「書籍コード」が記載された本を手元に持つ身には、その有効利用法を
考えないではいられません。

 例えば、現在の ISBN 番号の内、国番号の「4」の次が出版社(者)番号ですが、
大手老舗の2桁から(例えば岩波書店は「00」、小学館は「09」)、2010年に登録
された出版者(社)では6桁の番号を割り振られている例もあり(この会社は100冊
しか本を出せない? と心配してしまいます)、全体の桁数は10桁(ISBN-10)か13
桁(ISBN-13)に収める約束ですから、ちょっと見にはどこまでが「登録出版者」
番号(コード)なのか分かりません。
 しかし、1970年の旧「書籍コード」は、「xxxx-yyyyyy-zzzz(出版社により、
「y」の部分は4~6桁の幅があり)」の「zzzz」部分が出版社コードと判りやす
くできています。例えば音楽書の出版では実績のある「音楽之友社」は、ISBN用
の「276」と旧「書籍コード」時代の「0777」の2種の番号を持っていますが、
現在ではこの「0777」が書店・取次向けの「取引コード」として生き存えている
ことが分かります。

 そこで、上述の「古書」「古本」という視点からあれこれ探してみると、

 「古書project」(http://www.k-pj.com/book/index.html)

という一種の「古書《標準化》計画」が稼動しています。

 「Bsearch」という検索窓が用意されていますが、「Help」画面によれば、

> あまり利用はないと思いますが、一応、旧書籍コードによる検索が出来ます。
> 在庫検索で、旧書籍コードを入力して下さい。

とあり、試しに手元にあった音楽関連書籍を入力してみたが、なかなかヒットし
ません。
 「ならば著名作家の一般文芸書辺りではどうか?」
と、五木寛之の著書から「0095-665900-7904」を検索してみると、見事に『ゴキ
ブリの歌』(毎日新聞社刊、1971)がヒットしました。
 で、そこに表示された「4-b7904-665900-b」というコードが、「古書project」
で施す「コード化処理」であることが分かります。その取り決めについても詳し
い解説が為されていますが(上述サイトから、画面の「古書会館」>「資料室」
と辿って「コード化処理」を参照)、そこから、音楽之友社の出版物であれば、

 「4-bzzzz-yyyyyy-b」
 日本「4」の、
 旧書籍コード「b」で、
 音楽之友社「zzzz部分が0777」の、
 書籍番号「yyyyyy」(末尾の「b」も旧書籍コードの識別)の本

というルールに基づく書誌コードが作成されていることが分かります。これで、
アマゾンをはじめとする多くのネット販売サイトで商品識別に使っている ISBN
(1980年代以降)に加え、「4-b0777」(音楽之友社の場合)という検索キーで1970
年代まで遡った書誌検索方法が与えられたことになります。

 実際に、出版社コードまでの「9784276」や「4-276」で「書誌検索」をかける
と、音楽之友社の出版物がズラッと一覧で現れ、さらに「4-b0777」で十数点の
書誌データ一覧が表示されると、
 「現行出版物に加え、1970年代まで遡ってサーチしているぞ!」
という、一種の感動に近い驚きを覚えます。

・古書店商用データベースなので、基本的に在庫から作成していく。従って、過
 去の出版物を網羅するものではない。

ながら、手元に現有する「旧書籍コード」が生かされた用例としては、とてもエ
ポック・メイキングな、正に「プロジェクト」だと思われます。

 ちなみに、以前話題にした『リコーダーとその音楽』の、「978-4-8906~」は、
日本図書コード管理センターの「登録出版者の検索」で調べると、「89066」が
日本ショットの出版者(社)番号なので、正しくはハイフンの位置がひとつずれて、
「ISBN978-4-89066-260-9」となるのでしょう。おそらく、
・ブークスで登録する時にISBN-13に直した。
・流通は全音楽譜時代のナンバリング(全音楽譜のISBN出版者番号は「11」)。
・アマゾンは記載されているISBN-10で管理。
・表紙や奥付の「発行」は日本ショット。
・「発売」は奥付によれば全音楽譜。
といった認識になるのではないかと考えられます。多分「260」というのが日本
ショット内での管理番号なのかしら。残念ながら2011年8月現在、日本ショット
社のサイトにある「出版物」の箇所にはこの本の存在は見当たらず、「260」の
確証は得られませんが……。

迷えるC(書籍分類)コード

 
 『音の静寂 静寂の音』(高橋 悠治著、平凡社)

 文献資料を扱うブログだから、「Cコード」といえば、本の裏表紙の ISBN 番
号に続いて「C3073」とか書いてある「あれ」だろ? と想起できるかは疑問が
残るところ。こと音楽に関してはコード・シンボル(一般にはコード・ネーム)の
存在があり、単に「Cコード」と書くと、「ああ、ドミソの和音ね、」となりか
ねないからです。ゆえに、敢えて「C(書籍分類)コード」としました。

 ちなみに、記事のカテゴリ「書誌コード」は私が勝手に作ったものです。通常
は「書籍コード」(現在は「日本図書コード」)や、バーコードに関わる JAN な
ど(「書籍JANコード」)が一般的な認識でしょうが、「書籍」の文字が残ると、
これら現況流布している規格などが想起されてしまいます。
 が、古書・輸入書・楽譜・音源資料なども視野に入れると、マテリアルの特定
という意味だけに使えるので、敢えて「書誌コード」としたわけです。出版社内
のみの在庫管理で使う番号なども対象にできますから、ISBN などに縛られずに
話題にできます。

 さて、1970年から用いられていた書籍コード「xxxx-yyyyyy-zzzz」(xyzは半角
の番号、「y」の部分は出版社によって決められるので、4桁~6桁の幅がある)
の内、「xxxx」部分が生き残り、頭に「C」を付けて「分類コード」として使わ
れています。1桁目が販売対象、2桁目が形態、3・4桁が内容で音楽・舞踊は
「73」が割り当てられています。「C3073」とは、「専門書扱い(3)、単行本(0)、
音楽・舞踊(73)」となり、販売店がどの棚に収める本なのか、在庫の確認、等々
に利用するものです。

 それ以前の本は、恐らくもっと手作業に近い「経験則」に基づいて分類されて
いたはずで、出版社も分類の基準に加えられていたと思われます。1960年代に、
音楽心理学の本を買いに大型店に赴いたところ、
 「音楽心理学という本は音楽の棚にあるのですか、心理学の棚ですか?」
と尋ねたら、
 「出版社はお判りですか?」
と問い返され、
 「音楽之友社です。」
と答えたら、
 「じゃあ、音楽の棚にあります。」
と教えられたことがあります。

 この「Cコード」は、流通・販売の便宜上の分類ですが、個人の文献資料管理
にも流用できますし、そこそこに楽しむこともできる存在です。
 内容は音楽を扱いながら、あちこちに書いた文章の上梓である「エッセイ集」
だったりすると、「C0095、一般書、単行本、日本文学・評論・随筆、その他」
と付いたりましす。著者に傾くか、内容に傾くかでしょう。
 「映画音楽」となると、「73、音楽・舞踊」になるのか「74、演劇・映画」に
なるのか、といった迷いが生じますが、著者が一貫して映像と音楽の関連につい
て著述をものしていれば「74」、音楽全般に造詣が深いがたまたま映画音楽につ
いて書いたとなれば「73」だったりします。
 「音楽を科学する」などという興味を惹かれる本だと、「C0345」と付いてい
たりします(「45」は何と生物学!)。
 つまり、音楽を「芸術」とか「美」といった感性ではなく捉える際のヒントに
もなったりするわけで、一種の「楽しみ」の要素になり得るわけです。

 ただ、「これはいただけない」というか、明らかに間違ったとしか言いようが
ない記載もあります。冒頭の『音の静寂 静寂の音』に印刷されたのが「C0079」。
この「79」は何と「コミックス・劇画」の分類番号です。これが例えば、「手塚
治虫テーマ別作品選集音楽編」とでもいった編集なら理解できますが、作曲家・
演奏家の高橋悠治氏はマンガを描きませんし、マンガ論・漫画家論を展開もしな
いでしょう。

 おそらく「C0073」の間違いなのだと思われますが、ではこれが、ほとんどア
ルバイト店員のみで切り盛りしているような店舗で、事務的(というかむしろ機
械的)に入荷・在庫・販売・管理などが行われていくとしたら、少々空恐ろしい
ものを感じます。

 ひと手間、最後は人間の目を光らせて、判断の篩(ふる)いにかけて文献資料と
は向き合っていきたいものです。

ある検索事例

 
 『リコーダーとその音楽』(エドガー・ハント著、西岡 信雄訳)

 ブークスの「本をさがす」で『リコーダーとその音楽』と入力して検索すると
ヒットしました。発刊年、出版社などから間違いないと思います。
 面白いと思ったのは、裏表紙に10桁のコード「ISBN4-11-830100-8」が記載さ
れており、この番号で検索してみると、「該当する本がありません。」となりま
す。では、アマゾンでは? と検索すると、ちゃんとヒットします。アマゾンの
場合、13桁のコードも表示されますが(「ISBN978-4-11-830100-6」)、頭の接頭
記号「978」と末尾のチェックデジット「8」以外は10桁のコードが生きるので、
こちらが正しいと思います。

 では、ブークスで表示される「ISBN978-4-8906-6260-9」は何ぞや?
 別に書誌データのお勉強ではないので追究をしようとは思いませんが、試しに
アマゾンでこの「978-4-8906-6260-9」を入力してみると、「検索に一致する商
品はありませんでした。」となりました。
 ちょっと怖いと思うのは、ブークスではこの本を注文できるようになっており、
「カートに入れる」をクリックできるようになっています。アマゾンでは古本の
存在しか表示しないので、実際には発注してもキャンセルになるのかもしれませ
んが、出版流通の拠り処となるISBNコードが異なるということは、どちらを信じ
るべきか? という問題に直結します。

 で、現実問題としては「書籍名」のみで何とかヒットしたブークスの表示する
「978-4-8906-6260-9」よりは、実際の入手発注に使える「978-4-11-830100-6」
(アマゾン表示)の方が「実用的」(正しいかどうかではなく)なのかな、と判断し
ます。従って、パーソナルな書誌データ管理にはアマゾンで取得したISBNコード
を採用することにしました。

 なお、ブークス・データの方が正しい(というか現物にあたると合っている)部
分もあり、出版年1985年1月は奥付データと合致します。アマゾンでは2000年の
発行となっており、出版社は全音楽譜となっています。日本ショットはその発足
時は全音楽譜出版社で産声を上げ、その後分離独立しましたから、企画・出版段
階の「発行」と、流通・販売段階の「発売」では捉え方が異なることは有り得ま
す。

 ネット「販売」のアマゾンにしてみれば、「取扱商品」という括りですから、
発注(取次)入荷先が全音だろうが日本ショットだろうが頓着しない、ということ
でしょう。この点を責めることはできませんし、われわれ利用者の「わきまえ」
というところでしょうか。他書のレビューで、「東京南青山のATN出版社の刊
行物なのに、大阪村上楽器の出版物のように扱われている」と指摘したことがあ
りますが、所詮(といっては言い過ぎかも知れませんが)「本を入手する際の参考
にするためのデータベース」という位置付けというか、利用の際にそのデータ集
合体がどんな性格で蓄積されているものかを知って関わるべきということでしょ
う。

ブログ開設口上

  アカウントを取得して、どんな記事を書くか決めたものの、その画像や著作権
についての処理をどうするかに悩み、ついぞ手を付けずにおりました。

 
 一方で、手持ちの蔵書を整理する意味で、無料の「公開本棚」のようなサービ
スを利用して、音楽関係の文献紹介を重ねてきました。
 こちらは、オンライン書店が販促のために表紙画像などを表示していますが、
出版社にしてみればその画像を提供することで販売につながったり、購入者が書
店で目的文献を見つけやすくなったりと、結局は「売上」増に直結するので、多
分権利関係などもクリアされているのでしょう。
 (ただし、日本は権利意識が低いので、装幀に係わったデザイナーなどの権利が
尊重されているのかは甚だ疑問ですが。)


 いずれにせよ、商業ベースに乗った付加的な無料サービスであるがゆえに、そ
こで使われている画像を、そこの利用規定の範囲内で借用させて頂く分には、利
用者が権利関係の負担を求められることはないでしょう。


 となれば、そうした権利を侵さない蔵書公開サイトへの入り口、あるいは逆に
蔵書公開サイトを補い解説するような役割を持たせて、このブログを位置付けた
らどうか? と考えました。
 すでに絶版となっていて、ネットをいろいろ捜しても表紙画像が見つからない、
というような文献も、当方がスキャン画像をアップすれば、図書館などで見つけ
る際の参考になるでしょう。商品の画像という「権利の要素」の無断利用は、当
ブログに場を移してしまうと、出版社の売上につながることを目的とした内容で
はありませんから、文句が来るかもしれません。特に外国版などは、装幀デザイ
ナーの権利意識も強く、クレームの対象となる可能性も高まりますが、パスワー
ドによる閲覧制限などを利用することで、無責任な情報のタレ流しにはせずに済
むのではないかと考えます。

 
 ということで、初めてのブログですが、あれこれ試しながら、細々とになるで
しょうが、またどれくらいモチベーションが続くかも私自身不明ですが、取りあ
えず、

 
 これまでの人生で巡り会った音楽資料の整理


に漕ぎ出したいと思います。


  では、まず、以下のサイトにて、私の蔵書の一端をご覧下さい。


  http://bookrepo.com/book_library/lists/21925?mode=shelf

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